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上田麗奈さんの「孤独」について

オタク

上田麗奈さんのあれこれを見ていると「孤独」という言葉の独特の使い方が目に留まる。頻出する「孤独」は上田麗奈さんを理解する上で必要なキーワードのように思える。

「孤独」について言及しているものは、専門のオタクでない私が確認しただけでも以下のように多く見受けられる。

 

お題:自分のチャームポイントってどこだと思う?

孤独を愛することをチャームポイントだと言われました。

孤独を感じ、孤独をこう、意識しながら生きていけることがチャームポイントだというふうに先輩から教わりました。

2014/12/22 TVアニメ聖剣使いの禁呪詠唱 ニコニコ生放送 - 2014/12/22 22:00開始 - ニコニコ生放送

(自分の)良いところ、孤独を愛するところ!

2015/1/13 ラジオ ハナヤマタ~校内放送、しませんか?第25回

ラジオCD「ラジオ ハナヤマタ~校内放送、しませんか?」Vol.3 

小学校ぐらいの時から、人は何で集団行動するんだろうっていうのでね、すごくね、あの不思議だったの。何で集団行動をして、なんでその中で、こう、学校の中とかも、人のグループの中とかでも、孤独になれる場所を探すんだろうって。
なんかさ、ちょっと人通りの少ないとこ行きたがったりとかしなかった? 屋上の出口のところとか、裏庭とか。

そういう空間に身を置いていて、そこで出会いと別れを繰り返す不思議さ、みたいな。
なんかね、そこに対する「なんでだろう」って気持ちが凄い強くて、「悲しい」までいかなかった。


2015/3/10 ラジオ ハナヤマタ~校内放送、しませんか?第33回

ラジオCD「ラジオ ハナヤマタ?校内放送、しませんか?」Vol.4 (イベント優先購入申込券付) 

吉田アナ「御冷ミァハは、沢城みゆきさん演じるキャラが
有能に追い詰めていっても、最後までしっぽが掴めない役。
上田さんは、あまり筋に関しては深く理解しないで、
その瞬間瞬間の何かを理解して演じてますよね」

上田さん「台本も読んでごちゃごちゃ考えた結果、
やらなきゃいけないことは“孤独を求めること”だと思いました。
どんなに考えても頭の良さでは敵わないし、
だったらこの子の一番やりたいことを1つ知ろうと思って、
孤独を探しました」

2016/3/24 http://www.allnightnippon.com/mcplus/information.php?date=2016-03-24%2020:40:00

※御冷ミァハについて、ハーモニーのアフレコがあったのは公開日から一年弱ほど前なので2014年10月頃だと考えられる。

 

このように確認できた範囲では、「孤独」に言及している件は2014年の終わり頃に集中している。(確認できた媒体がその周辺しかなかったともいえるが)

御冷ミァハの役作りにあたって「孤独を求めた」「孤独を探した」という。
時系列でその直後の時期であると思われるワルブレニコ生にて「孤独を感じ孤独を意識しながら生きていけること」を“先輩に言われた”と発言していることから、おそらくハーモニーの関係で得た観点であると推測する。

(ラジオハナヤマタ第25回は「肌が白いところがチャームポイントだって悠木碧さんに言われました」とも言っているのでワルブレニコ生より後の収録)

 

一方で、ラジオハナヤマタ第33回の発言から「孤独」は昔からの一貫したテーマでもあることが伺える。またこれは本質に最も近いような印象を受ける。

それから一年が経った2016年のインタビューでも(当時の振り返りではあるが)孤独という表現がブレないことから、やはり「孤独」は確立しているテーマなのであろう。
(※追記 原作読み返したらミァハが明確に言ってましたね…)

「誰かが孤独になりたいとしたら、死んだメディアに頼るのがいちばんなの。メディアと、わたしと、ふたりっきり」

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

穿ち過ぎかもしれないが、時期的にもダ・ヴィンチニュースで語られた、人と会う息抜き方法というのが逆説的に「孤独」の重要性を示しているように思える。

 上田:私の息抜きって、人と会うことなんです。アガリ症だし、緊張しぃだし、人としゃべるのは得意ではないんですけど、だからこそ人に会わなきゃなって思っていて。ひとりでいると、自分の考えのなかだけで生きなきゃいけないから。私はまだいろんな経験も浅いし、それではもったいないと思うんです。いろんな人に会うと、いろんな知識や感覚が生まれて、それが楽しいし、リフレッシュになったりするので。お話するだけでもいいし、一緒にブラブラ歩くだけでもいいんですけど。

2014/11/14 「上田麗奈」声優インタビュー&撮り下ろしグラビア【声優図鑑】 | ダ・ヴィンチニュース

 

 上田さんにとって「孤独」とはなんなのだろうか。


新明解国語辞典よると、【孤独】とは『周囲にたよりになる(心の通い合う)相手が一人もいないで、ひとりぼっちであること(様子)』とあるが、上田さんの場合は辞書的な意味にとどまらないことは伝わってくる。

 

そこでヒントとなるかもしれないのがこのインタビューである。

Q.叶わない恋をしたことはありますか?

A.初恋はレオナルド・ダ・ヴィンチです。笑

2013/05/08|初恋企画 制作日誌


!?!?!?

レオナルド・ダ・ヴィンチが初恋って。黃木あじみか!?*1


オタクさんチームなら当然知っていると思うが、上田さんには芸術の趣味があり、その方面の感性に秀でている。
したがって上田さんがレオナルド・ダ・ヴィンチ(初恋相手)に強い影響を受けていると考えても不自然ではない。

「孤独」のルーツはレオナルド・ダ・ヴィンチにあるのではないだろうか。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』によると、ダ・ヴィンチは孤独に関してこう言っている。

孤独であることは救われることである。(P70)


画家は孤独でなくてはならぬ――画家は孤独で、自分の眺めるものすべてを熟考し、自己と語ることによって、どんなものを眺めようともそのもっとも卓れた個所を選択し、鏡に似たものとならねばならぬ。鏡は自分の前におかれたものと同じ色彩に変えるものだ。このようにしてこそ、画家は「自然」に従ったように見えるだろう。(P210)


画室における画家――肉体の栄耀が精神のそれをそこなわぬよう、画家または素描家は孤独でなければならぬ。ひっきりなしに眼のまえにあらわれては記憶によく保存さるべき素材を与える思索や思想に耽っているときはとくにそうである。もし君がひとりでいるなら、君はすっかり君のものである。たった一人だけの友だちといっしょにいたら、君は半分君のものだ、そして君の交際の不謹慎の度が大きくなればなるほど君の分は少なくなり、より多くの人といっしょに居れば、それだけ深くこういう不都合な状態にはまってゆくだろう。またもしも君が、「私は自己流にやってゆく、私は自然の物象の形態をもっとよく思索することができるようにわきに脱け出すつもりだ」と言いたいならば、私は、「これは仕損じるおそれがある、何故かなら君は何度もかれらの饒舌に耳を貸さないわけにはゆかないからだ、しかも人は二人の主に仕えることができない以上、君は友人としての役目を演じそこなうだろうが、芸術の思索の成果はなおさらやり損じるにちがいない」と言っておく。またもし君が「かれらの言葉がとどかず、従って私の邪魔をしないところまで身を退くつもりだ」と言うならば、私はこの点でも君に、「君は狂人扱いされるぞ、しかもこうしてやっぱり孤独になってしまうのが分からんのか」と申上げよう。それで、たとえ友人が欲しくても、君の画室からこれをえらぶがいい。この仲間なら各種各様の思索から生じる利益をあげる一助となりうるかもしれない。他の一切の仲間はおそらく極めて有害たるに相違ない。(P210)

 レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上 (岩波文庫 青 550-1)

(旧字は新字に改めた)

 

画家を声優または役者と置き換えると、如何だろうか。「孤独」の、特に役作りに関して使われるニュアンスはこのことに近いのではないだろうか。

関連して、画室における画家は、上田さんの「家に虚無をもっている」発言(ディメラジ)を想起させる。

結論として、上田麗奈さんの「孤独」とはレオナルド・ダ・ヴィンチ的な意味での孤独である、というところで暫定的に納得した。
(追記:納得したというか、突き止めようがないので、あくまで恣意的な解釈に留まりますね…)

上田麗奈さんオタクの方々、なにか有益情報があったらさり気なく教えて下さい。

 

 

 

 

 

 

↓続き(?)

nobu-v.hatenablog.com

 

 

 

*1:プリパラにて上田麗奈が演じる画家アイドル。レオナルド・ダ・ヴィンチを尊敬し語尾にアート関係のダジャレを付ける。